講 演
公開教育講演 「製品開発技術と感性工学」 |
『感性工学』とは「人のモノに対する感性をモノの設計に盛り込むために翻訳する技術」であり、今から約30年前に本講演の演者である長町先生が開発された新製品開発の人間工学的技術である。『感性』とは、人間が持つ五官によって情報処理をし、その上に認知機能が働いた全体の「心的イメージ」(mental
image)のことである。例えば消費者が「こんなモノを持ちたい」「あんなモノを売ってくれないかな」などと思っているのも『感性』である。そのため、商品が売れないのは、その商品が消費者に対して感性を無視していることが原因であるという。 講演は、乗用車や、女性下着、ショールームのインテリアなど実際に長町先生が設計された商品を例に取り、その商品を設計する際に使われた工夫点を感性工学という観点からとてもわかりやすく説明して頂いた。例えば乗用車であるが、本大会に協賛していただいたマツダの「ロードスター」を開発する際、まずその大元のコンセプトを「人馬一体」とし、それから「tight感」、「direct感」、「走り感」、「コミュニケーション」などの感性キーワードを作り、それらのキーワードをもとに、あの車のデザインやフォルムが作られていったのだという。 感性工学は日本では既に多くの分野で活用され新製品も誕生している。いずれもそれらは市場で歓迎されヒット製品と評価されている。また感性工学は日本ばかりでなく韓国やアメリカ・スウェーデン・イギリス・ドイツ・イタリアなど海外でも強い感心を持たれており、いくつかの国では導入が試みられている。現代では、世界中が「人間」中心で動いている関係で、消費者中心の思想を持つこの感性工学が世界から注目されているのであろう。 |
公開特別講演 「福祉ロボット開発の現状と人間工学的な問題」 |
現在ロボットは工場を始めとして様々な場面で活躍している。しかしこれら多くのロボットは福祉ロボットになり得ない。では福祉ロボットとはどんなモノなのか?この問いに対し、演者の山羽先生達は21世紀の福祉ロボットについて様々な場で討論し、以下の三原則を考えられた。 福祉ロボットの三原則 第1条 福祉ロボットは体力的、年齢的にハンディを有する人間および周囲の人間に常に慈愛と癒しの心で接し、必要とする範囲内で介助に努めなければならない。 第2条 福祉ロボットは与えられた命令に服従しなければならない。但し与えられた命令を実行した結果が周囲に幸福をもたらさないと予測されたときはこの限りではない。 第3条 福祉ロボットは人間および人間性に危害が及ぶ場合にはその人間に替わり自ら犠牲となるべき行動を選択するとともに、その際に生ずる破損に対して自己の修復量を抑えるよう行動を選択すること。 この原則で福祉ロボットに最も問題なのは人とロボットのインタラクションにおいてエンドユーザーのロボットへのなじみや適合関係であり、この適合関係が人(高齢者・介護者)との共存に最も重要な位置を占めることになる。そしてこのWell Beingこそが福祉の姿であり、介護者は高齢者や身体障害者が自立できるよう行動することになる。そして高齢者・身障者がいきいきと暮らせるような自立やリハビリテーションをサポートできるロボットが自律機能を有する福祉ロボットということになるのである。 福祉ロボットは現段階では未完である。そのイメージをつかむために、講演では最近話題になっている、「自律ロボット」が紹介された。そしてその代表例としていくつかの「食事支援ロボット」が紹介された。これは、例えば上肢が不自由な身体障害者に対して、その人の上肢の代わりとなって器の中の食事を口にまで運んでくれるロボットである。その時食べたいものに視線を送ることによりロボットが反応し、食べ物を取り口まで運んでくれる。その時、動きがスムーズであること、常に下から上に食べ物を運び、アームのいかなる部分も目の高さ以上に行かないこと、摘み上げる、あるいは掬い上げる食べ物の状況がよく見えること、食べ物が口に入るまで食べ物が水平に保たれていること、口の高さ近辺でアームの重力バランスがとれ、食事中においてはエネルギミニマムの状況が保たれていること、などなど多くの工夫がなされており、とても興味深いものであった。 |
公開教育講演 「職場のメンタルヘルス」 |
近年整形外科的な労災や作業環境や化学物質を原因とする労災は作業管理や作業環境管理の改善や順守で、以前と比較して減少してきた。そのため現在の産業医学の中心は勤労者の高齢化と産業構造の変化もあり、勤労者の生活習慣病やメンタルヘルスの問題に移行しつつある。そのため職場のメンタルヘルスの重要性は以前から認識されていたが、方法論の確立が困難なために職場に十分に浸透せず、また精神科疾患の特殊性より多くの産業保健関係者から敬遠されがちな分野となっていた。 職場のメンタルヘルス活動の目標は、勤労者の精神の健康を守り、それを高めることである。その実際活動は狭義と広義の二つに大きく分けられる。 狭義のメンタルヘルス活動は、職場で精神障害(心の不調といった軽度から精神病院に入院を要する重度の状態を含む)の早期発見から治療、復職後のアフターケアにいたる一貫した管理で、精神科医が中心となり、産業医、衛生管理者、保健婦、ケースワーカーらの協力を得て行うものである。職場に精神障害者が存在するため、本人自身か職制かのいずれかが困っているので精神科受診の動機付けがしやすいし、その後の方法論は臨床精神医学を中心としたものでほぼ確定している。 広義のメンタルヘルス活動は、勤労者の精神健康を守り、それを増進するために、職場環境、人間関係等について精神衛生的な配慮を行なうことである。この場合は、精神的に健康な勤労者が対象で、その趣旨に賛同する勤労者は多いが、職場内に困っている人がいないので動機付けに乏しいことが問題である。 今回の教育講演では臨床的な精神病・うつ病の話しから職場のメンタルヘルスについて、実例を交えながら、精神的に問題のある患者ないし患者予備軍の早期発見法、対処法などについてのご教授がなされた。中川先生のお話しは多くの産業保健関係者から敬遠されがちなこれらの精神科疾患に対する考え方、捉え方をわかりやすく説明していただけるものであった。「職場に隠れているうつ病をはじめとする精神病に対して、精神科受診も大切だが、まずは産業医をはじめとする産業保健スタッフが患者さんからの話しをよく聞き、それに対する適切なアドバイスをすることが一番大切なことである。」という先生のお言葉は、この分野の診察が苦手な私にとって励ましのお言葉となった。 |